口腔外科
近年、日本の平均寿命は飛躍的にのび、平成27年簡易生命表によりますと男性の平均寿命は 80.79 年、女性の平均寿命は87.05年になりました。
このように日本の高齢化社会はどんどん進み,既に65歳以上の人口割合が25%に達する超高齢者社会を迎えています.このようなことから、歯科医院を受診する患者さんの割合も高齢者が増加してきており,歯科診療において全身的な基礎疾患をもつ患者の占める割合が増加しています。
そのため,このような患者さん対し抜歯などの観血的処置を行う際に適切な対応が必要とされ,歯科治療において注意が必要です。
歯の治療の最終段階として、保存ができなくなった歯に対して抜歯処置が行われます。その際にワルファリンやアスピリンなどの抗凝固薬・抗血小板薬を服用している患者の抜歯の時には、血を止まりにくくするお薬を飲んでいるため止血が困難になるケースがあります。
そうならないためには、歯科としてはワルファリンなどの服用を中止してから抜歯をしたほうが血は止まりやすくなるのですが、医科の先生は休薬によって血栓の原因になることがあるため、全身的な影響を考慮して休薬はしてほしくないということになります。
それではどちらを優先するかということになるのですが、最近ではワルファリンなどの中断することで、術中出血あるいは術後出血など局所の問題が起こるよりも,脳梗塞などの全身的リスクの防止を優先させて治療計画を立てる必要があると言われています。
抗血栓療法って
血栓が血管内に作られ、血流が閉塞する病態(血栓症)の発症を抑制する治療法です。
血栓の治療は血小板や凝固因子の働きを抑えることを目的とする抗血小板療法、抗凝固薬療法、血栓除去を目的とした血栓溶解療法に分けられます。
1. 抗血小板療法
作用・・・血小板の働きを抑制する(1次止血を抑制)
対象疾患・・・動脈血栓症(アテローム血栓性脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、閉塞性動脈硬化症など)
主な薬剤・・・アスピリン(バファリン、バイアスピリン)、塩酸チクロジン(パナルジン、チクロビン)、シクロスタゾール(プレタール)、ジピリダモール(ペルサンチン、アンギナール)など
2. 抗凝固薬療法
作用・・・凝固機能の働きを抑制(2次止血を抑制)
対象疾患・・・動脈血栓症(心房細動、心原性脳塞栓、リウマチ性弁膜症)
主な薬剤・・・ワルファリン(ワーファリン)、ヘパリン
3. 血栓溶解療法
作用・・・脳や冠動脈の血管に詰まった血栓を早期の段階(発症後6時間以内)で溶解させ、詰まりを解消したり、詰まりにくくしたりする治療方法。
対象疾患・・・太い血管が詰まったときに行うことが多い。(アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳梗塞症など)。重篤な出血を引き起こす危険性もあるため投与は慎重に行う必要がある。
主な薬剤・・・ウロキナーゼ、t-PA剤
抜歯をするとき抗凝固薬、抗血小板薬は中断するの?
抜歯などの観血的処置において,2004年日本循環器学会は『循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン』を作成しています。その中でワルファリンに関してはPT-INR値(Prothrombin Time International Normalized Ratio:プロトロンビン値の国際標準値)を参考にしながら抜歯を行っていきます。
1. 抜歯はワルファリン(抗凝固薬)を原疾患に対する至適治療域にコントロールした上で,ワルファリン内服継続下での施行が望ましい。
2. 抜歯は抗血小板薬の内服継続下での施行が望ましい。
では、PT-INR値が、どの位までならワルファリン継続したまま抜歯は可能なの?
PT-INRが、日本人を対象にした観察研究の結果からでは, INR値が3.0以下であればワルファリンを継続したまま抜歯可能であると言われています。ただし,埋伏歯や骨の削除を行うような難抜歯に関しては慎重に対応する必要があります。
抗血小板薬を服用している時、抗血小板薬を継続したまま抜歯は可能なの?
抗血小板薬を服用している方は,抗血小板薬を継続したままで抜歯を行っても,重篤な出血性合併症を発症する危険性は少ないと言われています。しかし、抜歯後十分に局所止血処置を行うことが必要です。
このように基本的には抗凝固薬服用患者においてはPT-INRが3以下であれば、ワルファリンを中断することなく、また抗血小板薬も継続下に抜歯することが可能です。
抗血栓療法を行っている患者に抜歯を行った時の止血方法
止血方法は,普通の抜歯の場合と同じように圧迫止血が基本です。
1)ガーゼで圧迫する。
2)吸収性綿を抜歯窩に充塡し,その上からガーゼで圧迫する。
3)吸収性綿を抜歯窩に充塡し,抜歯創面の縫合を施した後,ガーゼで圧迫する。
4)サージカルパックなどでさらに圧迫する。
5)止血シーネでさらに圧迫する。
まとめ
高齢化社会を迎えて、多くの基礎疾患を持たれた患者さんが多くなってきています。安全な歯科治療を提供するためには,医科との医療連携を行い、通常の歯科治療が可能なのか,基礎疾患はどのようなものなのかなどに注意する必要があります。
参考資料
今井 裕、 矢郷 香 :抗血栓療法患者に対する抜歯時の対応について~科学的根拠に基づくガイドラインの作成にあたり~ 日本歯科医師会雑誌 Vol.63 No.9 2010-12
科学的根拠に基づく抗血栓患者の抜歯に関するガイドライン 2010年版 (学術社,東京)