口腔外科
歯医者で歯を抜くことは個々の歯にとって最終処置になります。なので抜歯が必要と判定をくだすのは十分に慎重に行わなければなりません。近年、歯内治療と歯周病治療の進歩により歯を保存して咬みあわせに役立てることが出来る可能性が増してきましたが、それでも保存不可能な歯や萌出異常など、その歯自体が障害の原因となっている場合は抜歯の適応となります。
一般的に抜歯が必要な状態の歯を挙げてみますと
1)虫歯がひどく、どのような修復処置を行っても保存不可能な歯
2)歯根の吸収が著しくて、動揺の著しい歯
3)根管治療や歯根端切除を行っても保存不可能と思われる根尖病巣のある歯
4)高度の歯周疾患で歯槽骨の吸収および弛緩動揺の著しい歯
5)歯冠および歯根が破折していて修復および保存が困難と思われる歯
6)隣在する健全歯や歯周組織に障害を及ぼしたり、感染症の原因となる可能性のある埋伏歯
7)骨折線上にあって骨折の治癒の著しい障害となっている歯
8)補綴処置のため抜去を必要とする歯
9)矯正処置のため抜去を必要とする歯
10)永久歯の萌出の妨げとなっている晩期残存乳歯
11)歯性病巣感染の原因となっている歯
12)歯性顎骨炎の原因となっている歯
13)悪性腫瘍に接触し、それを刺激している歯
14)口腔悪性腫瘍の放射線治療に際して障害となる歯
などが考えられます。
このように抜歯が必要な場合であっても、同時に内科的な疾患に罹患していることがあります。寝屋川市でも高齢化が進み、何かしらお薬を飲んでいたり、全身的な病気を抱えている場合が多くなってきています。このような患者さんの歯をいきなり抜いてしまえば、抜歯を行うための局所麻酔によっても、抜歯時の患者さんの精神緊張によっても、あるいは抜歯後の止血においても不慮の事故が起きてしまうことがあります。
このようなことが起こらないように、抜歯の禁忌症として種々の全身疾患、あるいは他科領域に属する疾患、また妊娠や月経などの特殊な生理的身体状態が挙げられています。従来、これらは絶対に抜歯をしてはいけない絶対禁忌と、条件によっては抜歯が可能な相対禁忌に分けられていましたが、医学の進歩により絶対禁忌の範囲は著しく狭まり、ほとんどが相対的禁忌として取り扱われるようになってきました。
このような疾患をもつ患者さんの抜歯を行うときには、歯医者さんと他科の専門医との協力のもとに病状を分析し、十分な対策をたてより安全に抜歯を行うように心掛ける必要があります。
抜歯の禁忌症として、大きく全身的禁忌症と局所的禁忌症に分けられます。
1)全身的禁忌症
⑴循環器疾患
①虚血性心疾患・・・主として動脈硬化などにより冠動脈に狭窄や閉塞をきたし心臓に血行障害をきたした状態の総称で、心筋の局所的な壊死を伴う心筋梗塞と壊死を伴わない狭心症に大別されます。
心筋梗塞の場合は発作後6ヵ月以内、また6ヵ月以上を経過していても不整脈や狭心症の発作の残っている者の抜歯は禁忌です。
狭心症でも発作が10分以上持続し、ニトログリセリン投与の効果が上がらない場合は抜歯は行わない方が良いでしょう。
②弁膜症および心内膜炎・・・弁膜症は、弁が閉鎖不全や狭窄などの弁機能障害をきたした状態です。
心内膜炎は心内膜、ことに弁膜の細菌感染による疾患で、歯周病などの歯科領域の慢性炎症からの病巣感染や手術が重なった場合などが原因になっていることが多いと言われています。いずれも治療を受けていて心不全の既往のない方は、病巣感染の根源を断つ意味でも抜歯が望ましいですが、術後の一過性の菌血症予防に術前、術後の抗生剤の服用が必要です。
③先天性心疾患・・・抜歯後の、一過性の菌血症に対応するために術前、術後の抗生剤の服用が必要です。
④高血圧症・・・内科での血圧のコントロールがされている患者さんでは、抜歯の関して大き問題が生じることはほとんどありません。ただ術中、血圧の大きな変動をおさえながら抜歯を行うことが必要です。
⑵血液疾患
再生不良性貧血、白血病、血小板減少症、血小板無力症、先天性血液凝固因子異常(血友病など)、von Willebrand病、無フィブリノゲン症などは抜歯後、止血が困難です。抜歯は専門医の協力を得て全身的な止血管理の下で行い、局所止血剤や止血シーネなどでの局所止血も重要です。
⑶糖尿病
専門医によえい十分なコントロールがされている患者さんでは抜歯はほどんど差し支えありません。コントロール不良の患者さんの抜歯をいきなり行うと、糖尿病性昏睡や腎障害、脳・心血管障害を憎悪させる危険がありますので注意が必要です。
⑷肝臓および腎臓疾患
重症の肝障害のある患者さんでは、血を止める凝固因子の多くが肝臓で作られていますので血が止まりにくいです。
腎不全患者さんでは、創部の治癒能力と感染抵抗力が低下しているので、抜歯の前後で抗生剤の投与が必要になりますが腎臓の排泄能が低下しているので、抗生剤の種類、投与量と投与方法は慎重に行います。
⑸副腎皮質ステロイド療法中
抜歯の侵襲により副腎クリーゼと呼ばれるショックを起こす恐れがあります。抜歯に際しては、術前にステロイド剤の増量などを行うことが望ましいです。
⑹妊娠中
抜歯を行う必要がある場合は、妊娠5~7ヵ月の安定期に行います。
⑺月経
月経時は精神的にも不安定になったり、血液の凝固系、線溶系にも異常が生じています。また、局所的にも歯肉の血行は増加し、血管の脆弱性も高まっているのであえてこの時期に抜歯を行うよりも避ける方が望ましいです。
2)局所的禁忌症
⑴急性炎症
急性炎症のある時期の抜歯は見合わせた方がよいです。抜歯をすることで急性炎症の拡大の危険がありますし、歯周組織の血管に微小循環障害があるためドライソケットと呼ばれる抜歯窩の治癒不全を起こしやすくなります。抜歯をすることで痛みを和らげるどころか痛みの増大や治癒期間を長くしかねません。急性症状を抗生剤などで落ち着かせてから抜歯を行うことが必要です。
⑵悪性腫瘍
悪性腫瘍の中に植立している歯の抜歯は、腫瘍の増大や転移の危険を増大させるので行うべきではないです。
抜歯などの外科的な処置を行うときは、その患者さんの全身状態を十分に確認してから行うことが必要です。