口腔外科


口が開かない時、歯医者さんを受診することが多いと思います。

原因として、顎関節周囲に感染症を疑う所見がない時、顎関節症を疑うことが多いですが、他の疾患と顎関節症との鑑別を要する疾患があります。

その一つとして破傷風について考えてみます。

破傷風は嫌気性,芽胞形成グラム陽性桿菌(破傷風菌)による創傷感染症です。近年、1968年より開始された三種混合ワクチン(DTP)の普及、生活環境の改善などにより発生率は減少しています。しかし、破傷風菌はいまでも土壌の中に広く分布しており,外傷,火傷及び挫創部からヒトの体内に侵入し、侵入部で菌は増殖し毒素を産生し中枢神経を侵します。

潜伏期は約7~14日程度といわれており、これが短いほど予後が悪いとされています。初期症状が発現してから全身痙攣が起きるまでをonset timeと呼び、このonset timeが48時間以内でありば致死率が60%であったという報告もあります。

咬筋のけいれんによる開口不能,顔面筋のけいれんによる痙笑に始まり、数日以内に躯幹筋の強直性けいれんを起こし後弓反張を呈します。そして日光,騒音のような刺激で全身性強直をきたし,次第に激しさと頻度を増して死に至ること疾患です。

わが国では破傷風は第5類感染症に分類されており、主治医は保健所に報告する義務があります。現在でも全国の土壌に存在しており、わずかな傷から発症した例があります。国立感染研究所感染症発生動向調査週報よると、現在でも年間約100例程度の破傷風の感染が報告されています。

 

破傷風の病気分類

病気 症状 期間
第1期 全身倦怠感、肩こり、外傷部の硬直感 数日~2週間
第2期 開口障害、嚥下障害、歩行困難、痙笑

数時間~1週間

第3期 全身痙攣、発汗、発熱、気道分泌亢進、呼吸困難、血圧変動、不整脈、排尿排泄障害、等 2~3週間
第4期 筋硬直からの寛解  

破傷風の症状は、全身倦怠期、肩こり、頸部やあごの疲労感を感じ始める第1期(潜伏期)、開口障害、発音・嚥下障害、痙笑、項部硬直、四肢硬直が出現する第2期(痙攣発作前期)、全身痙攣、後弓反張、自律神経障害、呼吸困難を呈する第3期(痙攣持続期)、各種症状が緩和する第4期(回復期)に分類されます。過去には予後不良例が多く死に至る疾患でしたが、2003年の死亡率は9.6%、2012年には1.9%と減少傾向にあり、治療開始時期が予後を左右する重要な因子とされています。

 

破傷風の診断、治療

 

破傷風の治療は医学的緊急事態で、入院下で抗破傷風免疫グロブリンの投与、破傷風トキソイドワクチンの接種、筋痙攣を抑えるための薬剤投与、および創部が治癒していない時は洗浄と消毒を行います。また、必要であれば傷口をできるだけ開いて洗浄し、感染や壊死(えし)した組織を取り除き、抗生物質の投与による速やかな治療が必要といわれています。

破傷風の診断には創部組織からの破傷風菌の検出が必要ですが、その検出率は20~30%といわれており、実際には臨床的所見のみで診断を行わなければならないことも多いとされています。そのため、破傷風を治療するにあたり、その特徴的な症状と臨床経過を熟視しておく必要があると思われます。

初期症状

初期症状として全身倦怠感や発熱、開口障害、嚥下障害などいろいろ発現するため、初回受診診療科は内科、耳鼻科、救急科、歯科口腔外科など多岐にわたります。しかし、初期症状として開口障害を訴えたことが多いため、医科ではなく歯科、口腔外科を訪れることも考えられるので、注意が必要です。開口障害は突然生じることが多いですが、その原因として考慮しなくてはならない疾患として、顎関節症、顎関節炎、耳下腺炎、扁桃炎、歯性感染症等の炎症性疾患、心因性開口障害、悪性腫瘍など多く考えられるため、患者さんの口腔周囲以外でも外傷歴があることを確認することが大切です。
しかし、我々が日常生活において破傷風を想像することは困難なことも確かなことであるため、日常診療において破傷風の症状に遭遇する可能性を十分理解して診察する必要があると考えます。